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東京地方裁判所 昭和36年(ヨ)2207号 決定 1963年2月26日

決   定

東京都大田区東六郷四丁目九番地

申請人

安立清一

右訴訟代理人弁護士

今井敬弥

坂本修

寺村恒郎

渡辺正雄

高橋融

同区東六郷二丁目九番地

被申請人

第一屋製パン株式会社

右代表者代表取締役

細貝義雄

右訴訟代理人弁護士

鎌田英次

右当事者間の地位保全仮処分申請事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

申請人の申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一  当事者双方の求める裁判

申請人訴訟代理人は、「申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。」との裁判を求め、被申請人訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、当裁判所の判断

一、被申請会社が、パン製造販売を目的とし、肩書地に本店及び蒲田工場を有するほか、他に四工場を設置する株式会社であること、申請人が昭和三四年八月被申請会社に雇傭され、昭和三五年六月まで蒲田工場食パン製造部に、以後本社研究室において、勤務していたこと、申請人が被申請会社から昭和三六年九月二〇日、申請人が同月一五日夜蒲田工場長鈴木潔に対し暴行を加えたとの理由で、就業規則第七〇条第四号により本件懲戒解雇の意思表示を受けたことは当事者間に争がない。

二、当事者間に争いのない事実及び疎明によれば、次のような事実を認めることができる。

申請人は、前記のように、昭和三五年六月以降、被申請会社本社研究室において勤務し、製パンに必要な原材料のテスト、工場の工程管理、新製品の企画立案等の業務を担当し、かたわら自己の企画立案について関係職場の指導にあたつており、蒲田工場ストーク班もそのひとつであつたが、同班には八人の従業員がおり、かねて申請人と親交のあつた小針鉄男が班長代理として一応同班の責任者の地位にあつたものの、申請人は職務上の指示連絡の円滑をはかるため、同班にも正式の班長をおく必要を感じ、かねてその旨を蒲田工場長鈴木潔に進言していた。しかして被申請会社における班長は、各工場長のすいせんによる候補者の中から、本社において、選考のうえ、任命される制度になつており、鈴木は申請人に対し、近く小針を班長候補者として本社にすいせんする予定である旨をのべ、又小針に対しても同様の趣旨をもらしていたので、申請人及び小針は鈴木が小針の班長昇格を保証したかのように思い込み、昭和三六年九月に行なわれる班長のいつせい任命の際それが実現するものと多大の期待をもつていた。しかし、被申請会社においては、ストーク班は新設班で、試験的段階にあり班長をおくことは時期尚早であるとの方針をとつたため、鈴木は小針を班長候補としてすいせんしなかつた。申請人及び小針の予期に反し、小針は同月一五日発表された班長任命の選にもたれたので、小針と同人の立場に同情した申請人とは鈴木に対し不信と憤懣の念をいだくにいたつた。同日就業時間終了後、両名は本社附近の飲食店で飲酒した後小針が班長任命の選にもたれた理由を問いただすべく、午後一一時五〇分頃鈴木の自宅に赴き、「工場長、工場長」と大声で叫び道路に面した木戸口を叩いた。すでに就寝していた鈴木が目覚めて、右木戸口に応待に出たところ、申請人は鈴木に対し、話があるから、といつて、同家から道路を隔てた広場に同行するよう要求したが、同人がこれを拒むや、両名で同人の両手をつかみ、抵抗する同人を木戸口から約二米道路中央附近に引張り出した。駈けつけた同人の妻貞子が申請人をたしなめたので、両名はつかんでいた手を一たんゆるめたが、道路中央で鈴木に対し小針を班長に昇格させなかつたことを非難して、大声で口論となつた。その間騒ぎに目覚めた隣家の金井も出て来て、こんなに遅く近所迷惑であるから、明日話合いをするようにと、両名に帰宅をすすめたが、両名はこれに従わず、更に鈴木が帰宅をすすめると、申請人はやにわに同人のゆかたの襟をつかんで引張つたうえ、直ちに社長宅まで同行することを要求した。しかし、同人が拒みつゞけた結果、両名は漸く翌十六日午前零時二〇分頃その場を立ち去つたが、鈴木は申請人の右暴行により頸部に二箇所の擦過傷を受けた。

以上認定した事実によれば、鈴木にも小針の班長昇格を期待させる軽卒な言動があつたことは否定できず、これに強い期待をもつていた小針に友人として同情した申請人の心情も察せられないではないが、申請人と鈴木は日常場所を同じくして勤務している間柄であり(前記のように被申請会社本社と蒲田工場は同じ場所にある)、勤務先において話合う機会があるにもかかわらず、飲酒のうえ、深夜上司である鈴木の自宅を訪れ、就寝中の同人を戸外に引張り出し、前記のような行動に及んだことは、およそ話合いというに値するものではない。従つて、前記暴行をした申請人は、懲戒解雇の事由を定めた被申請会社の就業規則第七〇条第四号、「正当な理由なく上司の命令を侮辱し、又は反抗し、若しくは上長に対し暴行を加えた者の規定に該当することは明らかであり、かつ申請人の暴行を含む前記行為はいたずらに他人の私生活の平穏を乱し、その家族にまで不安の念をいだかせるものであつて、懲戒処分の情状軽減を定めた同条但書の規定を適用する余地もない。してみると、本件懲戒解雇は、その事由に該当する事実がないから、懲戒権の濫用として無効である、とする申請人の主張は理由がない。

三 被申請会社が本件懲戒解雇に先立ち、昭和三六年九月一六日申請人に対し、本件懲戒解雇の事由と同一の事実を理由として、同月一七日以降七日間の出勤停止を命じたことは、当事者間に争いがない。申請人は、右出勤停止は懲戒処分であるとし、従つて本件懲戒解雇は、同一の事実につきなされた二重の懲戒処分であるから、無効であると主張する。

しかし、疎明によると、次のような事実を認めることができる。すなわち、被申請会社とその従業員をもつて組織する第一屋製パン労働組合(以下、組合という)との間に締結された「組合員の解雇に関する協定」(以下、協定という)第一条には、「会社は組合員を解雇する場合先ず出勤停止一週間を超えない範囲で本人に申渡し、その期間満了後解雇するものとす」と、規定され、被申請会社は組合員に対する解雇手続として、解雇処分を決定するまで一時解雇該当者を企業から除外するため、その者に出勤停止を命ずることができるのであつて、右規定にいう出勤停止は、解雇処分の前の処分であつて、解雇処分自体ではない。ところで、被申請会社は、同月一六日鈴木から、申請人及び小針の前記行為について報告を受けるや、申請人、小針及び鈴木から事情を聴取したうえ、当時台風接近による製パンの緊急対策を講ずる必要もあつたので、申請人及び小針に対する懲戒処分を一応留保し、前記協定第一条により、両名に対し、同月一七日から七日間の出勤停止を命ずるとともに、追つて正式の処分あるべき旨を告げ、同月一七日両名の処分について組合とも意見を交換し、同月二〇日更に両名から弁明を受けた後、前記のように、申請人に対し本件解雇、小針に対し一〇日間の出勤停止の各懲戒処分を行なつた。

以上認定した事実によれば、被申請会社が同月一六日申請人に対してした出勤停止は、協定第一条の規定による懲戒処分前の処分であつて、懲戒処分でないことが明らかである。たとい、申請人の主張するように、協定が公序良俗に反するため無効であり、又協定が当時組合員でなかつた申請人には適用されないとしても、これらのことは、協定に基く右出勤停止の効力に影響を及ぼすことがあるに過ぎず、なんら右出勤停止を懲戒処分と認定すべき理由とはならない。なお、協定に、右出勤停止期間中は賃金を支給されない旨規定されていても、そのことのみで、協定に基く出勤停止を懲戒処分と認定することはできない。

以上の次第で、被申請会社の申請人に対する右出勤停止は懲戒処分ではないから、本件懲戒処分として無効であるとする申請人の主張は理由がない。

四、してみると、本件仮処分申請については、被保全権利に関する疎明がないものというべく、さりとてこの点の疎明に代えて保証を供ざせることも妥当とは思われない。よつて本件申請を却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

昭和三八年二月二六日

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 吉 田   豊

裁判官 橘     喬

裁判官 松 野 嘉 貞

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